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【自分史④】労働マジできつい・・・。

こんにちは、もっちんです。

ここからは私が社会人になり

何がやりたいのかわからずに出口のないトンネルを彷徨ったことを語っていきます。

 

 

出口のないトンネルを彷徨い続ける10年間

ショールーム編

専門学校を卒業した私は、

友達がみんな地元に戻る中、関東で就職しました。

 

 

社会人になって

「これでようやく独り立ちできる。」

そう思っていました。

 

 

でも、関東で一人暮らしするには

思っていた以上にカツカツのお給料でした。

 

 

給料日がきても

家賃の引き落としや水道光熱費などが差し引かれ

貯金なんてほとんどできませんでした。

 

 

 

「あれ?社会人になれば自立できると思っていたのに、、、。」

「なんで?」

 

 

そして、私生活も私が思い描いていたものとは

程遠い生活が待っていました。

 

 

勤務はシフト制。

休みがきても一緒に遊ぶ友達はいません。

 

 

「せっかくの休日にリフレッシュしたい。」

そう思っても家で一人で過ごす日々。

 

 

気持ちが切り替えられないまま

また出勤日になります。

 

 

仕事は最初は接客などもうまくできず

泣くこともありました。

 

 

それでも、だんだんと業務に慣れていきましたが

「私の人生これでいいのかな?」

「これで本当に大丈夫なのかな?」

 

 

そんな感情を持ちながら、

このまま時間が過ぎて行くことに不安を覚えるようになります。

 

 

 

「このまま、目的もなく年をとって行くのか?」

「私ってなんのために今まで勉強してきたんだろう?

 

 

そんな不安がポツリポツリと出てきます。

 

 

そんな中、転勤になりますが移動先の環境に馴染めずに

半年が経った頃、体に異常が出始めました。

 

 

朝、会社が近づくと息ができなくなり

休日も、涙が出るようになりました。

頼れる人もいなく、一人ぼっちのような気がしました。

 

 

「このままじゃダメだ、、、。」

 

 

正直、仕事を辞めてしまうことが怖かった。

これで、私の人生

選択肢がどんどん狭くなってしまうんじゃないかと感じていました。

 

 

でも、心はいっぱいいっぱい。

泣きながら、両親や、移動前にお世話になった先輩に相談しました。

 

 

そして働き初めて

1年3ヶ月がたった頃に逃げるように退職しました。

 

 

その後、私は原因不明の病にかかり入院。

約4ヶ月間の闘病生活を送ります。

 

 

この時に助けてくれるのは家族です。

 

 

「独り立ちしたい。」

「こんな家いやだ。」

そう思っていたのに、結局、辛い時はいつも

家族に支えてもらっていました。

 

インテリアデザイナー編

回復後、CADのスクールに通います。

 

 

誰でもできる仕事ではなく、

何か特別なスキルが欲しかった。

 

 

人から頼られたかったし、自分に自信が欲しかった。

何か一つ誇れるものが。

 

 

スクールに通いながら

専門学校の先生の下でインターンを開始しました。

 

 

運良くインテリアデザイナーとして転職先が決まり、

「バリバリ仕事をするぞ!」

っと鼻息を荒くしていました。

 

 

しかし、

待っていたのは過酷な労働環境と、少ないお給料。

 

 

残業、終電、休日出勤は当たり前。

手取りは15万円。

 

 

東京で一人暮らしをするにはカツカツでした。

生活費ですら十分に捻出できません。

 

 

当時は生活は辛いけど、

増えないお給料に疑問を持つことはありませんでした。

ただ、私の能力が足りないだけだとそう思っていました。

 

 

「(もっとお給料が欲しい。)

そんな心の声は無視していました。 

 

 

「ガンバっている自分がカッコイイ!」 

「お金が全てじゃない!」

そんな風に本音に蓋をしていました。

 

 

貧乏生活を送る中

1円でも安く買おうと、家から遠いスーパーへ買い出ししたり、

交通費がもったいないと電車ではなく自転車で移動しました。

 

 

たまの休日には、工場でのライン作業や引っ越しのバイト。

当時は時給900円のために

時間もカラダも全て提供していました。

 

 

そこに疑問は一切ありませんでした。

 

 

お金を稼ぐためには時間を切り売りして

働くしかないと思っていました。

 

 

しっかりと日本の教育に洗脳されていました。

 

 

そして23歳になってもまだ、

親から仕送りをもらっていました。

 

 

学生の頃はあんなに粋がっていたのに

とても情けなく感じました。

 

 

「本当なら私が仕送りをして助けてあげたいのに、、、。」

そう思っても自分が生きていくだけでいっぱいいっぱい。

 

 

手に職をつけるために、

自分で生きていけるようにとこの仕事を選んだのに、、、。

 

 

本業で次から次にくる仕事を

ただただ、こなすのに必死で

理想とは程遠い生活を送っていました。

 

 

でも、体も心もいよいよ限界がきます。

 

 

ある夜、仕事を終え帰宅しようと事務所を出たところ

階段を踏み外しました。

 

 

「あっ、やばい、、、。」

 

 

そう思った時には2階から1階まで

真っ逆さまに転げ落ちていました。

 

 

目の前は真っ暗。

「もうダメだ、、、」

そんな風に思いました。

「あと40年間もこんな生活は続けられない。」

 

 

読んでいただきましてありがとうございました。

次は私が資格に執着し、間違った方向に進んでしまったお話です。

【自分史⑤】資格に執着し大金はたいて留学



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もち

2020年1月に派遣切りにあったことをきっかけに2020年5月よりネットビジネスを始めました。 現在は「自分らしくイキイキと生きていく人を増やす」を理念に活動しています。 もっと自由に、わがままに。心から人生を楽しみ、時間もお金も妥協しない生活を送るために邁進中。

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